この事例の依頼主
60代 男性
相談前の状況
地場の安定した会社に勤務し,気軽に借入ができる信販会社やサラ金を頻繁に利用していたものの,返済に困ることはなかったようです。子ども2人の教育ローンの借り入れもありましたが完済可能な見通しでした。あるとき,肝炎を発症して治療を開始しました。世間で過払金返還請求が話題になり,自分も複数の消費者金融会社との間に長期間の取引があったので,法律事務所に依頼して,消費者金融2社から過払い金合計500万円弱が戻って来ました。この一部で信販会社1社の債務を完済し,借入枠に余裕を持たせましたが,残る300万円以上の負債の整理には手を付けませんでした。肝炎が悪化し,治療を始めるとインターフェロンの副作用でうつ症状を発症,仕事が手に付かなくなり休職,そして退職。退職金で複数の債権者に返済したものの完済に至りませんでした。治療に伴う支出が嵩み、退職後1年程度で退職金を使い果たしました。この間アルバイトを始めましたが、うつ症状が出て長続きしませんでした。糖尿病を併発。借入金の返済のあてがなくなり負債の整理を決意しました。
解決への流れ
定期収入がなく不動産も所有しないため,再生手続は相応しくないと判断され,当事務所は破産を勧めました。複数の保険契約があり,解約返戻金が高額となるため,配当を前提とした破産管財事件になりました。破産終結後間もなく免責決定を得ました。
この事件の破産管財人は,財団の増殖に極めて熱心で,自由財産拡張を目指す当事務所との考え方の違いが浮き彫りになりました。債務者側からは,将来に備えて複数の医療保険と,債務者の実母の葬儀費用の積立金を残せるよう自由財産拡張を求めましたが,管財人は応じませんでした。そこで,裁判所に自由財産の範囲拡張を申し立てたところ,裁判所は直ちに申立を認めました。次に,債務者が2人の子の名義で預金口座を開設し,毎月少額を自動的に送金してきたことを否認対象行為に該当すると指摘して,その預金の一部を財団に組み入れるよう連絡してきました。法的根拠が不明で,仮に否認するなら子ども相手に請求する筋合いでしょうと反論して対立が鮮明になりましたが,裁判所が指導してくれたのか,最終的には管財人が諦めました。もともと免責に問題がない事案だったので、配当後間もなく免責許可決定を得ました。過払い金返還請求事件は,債務完済後の返還請求を除けば,受任したいわゆる債務整理事件の中に,利息を払い過ぎた取引が発見されて事件になるものと理解していました。しかも,過払い金として返還を受けたお金は借金の返済の元手にすべきもののはずです。福岡地裁は,破産の場合,申立代理人が過払い請求するのではなく,管財人に引き継いで任せるよう誘導しています。しかし,弁護士の中には,債務整理事件の中から過払い金返還請求事件の部分だけ切り取って受任し,依頼者の借金を全体として減らすことまでは考えない人がいることを,この事件で知りました。テレビ広告で有名な大手法律事務所だけではなかったのです。本件債務者の方は,過払いの相談に行った弁護士からは,ほかの債務を整理するよう勧められたことがないだけでなく,他に債務があるかどうかを聞かれたことすらなかったそうです。しかし,過払い金を複数の債務の一部に充てると,一時的に借金は消えますが,返した分だけその金融機関の貸出枠が拡がるため,いずれ枠一杯まで再び借金する結果になります。また,ほかの借金は返さないのに,なぜ特定の債権者に対してだけ抜け駆け的に返済したのかと責められることにもなりかねません。ですから,ほかに借金があるのに過払い金だけ回収する事件処理には疑問を感じます。なお,本件は,ごく普通の自然人管財事件が,管財人の個性のおかげで債務者に苦痛を与えました。管財人は,開始決定直後に債務者宅を訪問して自宅を見分,繰り返し事務所に呼び出して事情の聴き取りを実施しました。これにより債務者のうつ病が悪化しました。手続開始後に新しく取得した財産は債務者が自由に使うことが認められていますから,特別の例外を除いては管財人が使い方に口出しする筋合いではありませんが,本件の管財人は家計表を作らせて生活の指導までしたそうです。本件はそのような必要のない事件であるという認識を手続開始前に裁判所と共有していました。「(借金は返せなくても)香典は負担できるんじゃないか。」などと意地悪な発言もされたそうです。管財人といえども言い過ぎが許される理由はありませんから,代理人に相談して,苦情をいうべきところは遠慮なく指摘するべきです。